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Keihan7203F
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男性
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高校生
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鉄道。路線バスにも興味あり。
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こんにちは、2012年に一度も[特急]に乗っていない気がするKeihan7203Fです(新幹線除く)。
春先にでも初特急を京阪電車でしてみたいものですが…現実的には東横特急が先になりそう。
(因みに[快特]は既に京急で1回乗っており、広義での特急には乗っていることになります)
さて、都06系統で巡る橋の旅①の続きです。前回は新橋"跡"を訪れましたが…。
(行程概要はこちらのリンクをご参照くださいませ)
第一京浜を新橋五丁目、新橋六丁目、大門駅前を過ぎて次のバス停は金杉橋。
金杉橋南交差点を右折したバスから、僕の乗った便では初の降車客として降り立ちました。
▲片側1車線ずつの割と閑静な道路にある金杉橋停留所。@金杉橋
金杉橋は第一京浜の橋で、港区では主要な川である古川を跨いでいます。
あまりにも第一京浜が大きいので、注視しないと橋だと気づかないかも知れません。
▲上を高速道路が通っていて、第一京浜が僅かに盛り上がっているところが金杉橋。
古川は所謂都市河川なのですが、ここ金杉橋では懐かしい雰囲気を味わうことができます。
そして、東海道五十三次でも一つの節目とも言える場所だったのです。
▲屋形船がたくさんあるほか、奥にはJR線も見られます。
今でこそ東京というと少なくとも南は品川までを指し、行政区分では蒲田辺りまで、
更に広義の「東京圏」という意味では横浜・戸塚・大船辺りまでは"東京"と言えると思いますが、
昔は品川ですら"江戸"と認識されていなかったようで、東海道を江戸に向かって歩いた旅人は、
この金杉橋に来た時に初めて江戸が近いことを実感していたのだそうです。
江戸・東京の入口という雰囲気は現在では全くと言っていいほどありませんが、
第一京浜に立っているあるものが辛うじてある節目を知らせてくれています。
▲金杉橋南交差点を望んだ様子。4kmということは約1里ですね。
そういう訳で金杉橋を堪能、再び金杉橋停留所に戻ろうとしたのですが、
すぐ近くのある橋の名前に思わず心を奪われ、急遽そちらも見てみることにしました。
▲見た目にはフツーの橋。区の橋なのか、高欄には「区の花・バラ」が書かれています。
将監橋(しょうげんばし)の名の由来は、岡田将監から来ているといいます。
というと、岡田将監が1人の人物に思えるかも知れませんが、
実は美濃国の旗本を務めた岡田善同(よしあつ)・善政親子がこの名を名乗っていたようなのです。
この橋には、岡田将監の屋敷が近くにあったという説や、岡田将監が造らせたという説がありますが、
真偽のほどは定かではないようです。
折角芝園橋と金杉橋の中間地点に来たので、そのまま芝園橋まで歩くことにしました。
芝園橋は、日比谷通りの橋。同じく古川に架かっています。
日比谷通りは、大手町交差点から日比谷を経て第一京浜と合流する三田まで通っており、
下には都営三田線が通っています。芝園橋の近くには芝公園駅がありますね。
▲芝園橋の南を通る[都06]。港区コミュニティバス「ちぃばす」に旅客を奪われつつあるようで…。
この橋、明治10年代に造られた後大正15年に改築されたといい、
歴史的には年代的にも役割的にも金杉橋より後発の存在なのですが、
高欄は石で造られており、金属の簡易な雰囲気の高欄を持つ金杉橋より立派に見えます。
と同時に、この橋は交通上の拠点の1つになっています。どういうことかというと…。
▲首都高速道路芝公園入口。今年から距離制通行料に変わりましたね。
構造上、日比谷通りを芝園橋方面に南下して銀座方面に向かう方面ではないと入れませんが、
結構多くの車、とりわけタクシーが通行していました。大して早い訳でもなかろうに…。
Uターンラッシュ時の山手トンネルの大渋滞に引っかかった負け犬の戯言はさておき、
金杉橋~芝園橋を歩いて芝園橋から再び都営バスに乗ります!
続きは次回としましょうか。ではでは。
春先にでも初特急を京阪電車でしてみたいものですが…現実的には東横特急が先になりそう。
(因みに[快特]は既に京急で1回乗っており、広義での特急には乗っていることになります)
さて、都06系統で巡る橋の旅①の続きです。前回は新橋"跡"を訪れましたが…。
(行程概要はこちらのリンクをご参照くださいませ)
~ 金杉橋は日本橋からちょうど4km ~
第一京浜を新橋五丁目、新橋六丁目、大門駅前を過ぎて次のバス停は金杉橋。
金杉橋南交差点を右折したバスから、僕の乗った便では初の降車客として降り立ちました。
▲片側1車線ずつの割と閑静な道路にある金杉橋停留所。@金杉橋
金杉橋は第一京浜の橋で、港区では主要な川である古川を跨いでいます。
あまりにも第一京浜が大きいので、注視しないと橋だと気づかないかも知れません。
▲上を高速道路が通っていて、第一京浜が僅かに盛り上がっているところが金杉橋。
古川は所謂都市河川なのですが、ここ金杉橋では懐かしい雰囲気を味わうことができます。
そして、東海道五十三次でも一つの節目とも言える場所だったのです。
▲屋形船がたくさんあるほか、奥にはJR線も見られます。
今でこそ東京というと少なくとも南は品川までを指し、行政区分では蒲田辺りまで、
更に広義の「東京圏」という意味では横浜・戸塚・大船辺りまでは"東京"と言えると思いますが、
昔は品川ですら"江戸"と認識されていなかったようで、東海道を江戸に向かって歩いた旅人は、
この金杉橋に来た時に初めて江戸が近いことを実感していたのだそうです。
江戸・東京の入口という雰囲気は現在では全くと言っていいほどありませんが、
第一京浜に立っているあるものが辛うじてある節目を知らせてくれています。
▲金杉橋南交差点を望んだ様子。4kmということは約1里ですね。
そういう訳で金杉橋を堪能、再び金杉橋停留所に戻ろうとしたのですが、
すぐ近くのある橋の名前に思わず心を奪われ、急遽そちらも見てみることにしました。
~ 芝園橋・金杉橋の間にある将監橋 ~
▲見た目にはフツーの橋。区の橋なのか、高欄には「区の花・バラ」が書かれています。
将監橋(しょうげんばし)の名の由来は、岡田将監から来ているといいます。
というと、岡田将監が1人の人物に思えるかも知れませんが、
実は美濃国の旗本を務めた岡田善同(よしあつ)・善政親子がこの名を名乗っていたようなのです。
この橋には、岡田将監の屋敷が近くにあったという説や、岡田将監が造らせたという説がありますが、
真偽のほどは定かではないようです。
折角芝園橋と金杉橋の中間地点に来たので、そのまま芝園橋まで歩くことにしました。
~ より橋らしく、より都会的な芝園橋 ~
芝園橋は、日比谷通りの橋。同じく古川に架かっています。
日比谷通りは、大手町交差点から日比谷を経て第一京浜と合流する三田まで通っており、
下には都営三田線が通っています。芝園橋の近くには芝公園駅がありますね。
▲芝園橋の南を通る[都06]。港区コミュニティバス「ちぃばす」に旅客を奪われつつあるようで…。
この橋、明治10年代に造られた後大正15年に改築されたといい、
歴史的には年代的にも役割的にも金杉橋より後発の存在なのですが、
高欄は石で造られており、金属の簡易な雰囲気の高欄を持つ金杉橋より立派に見えます。
と同時に、この橋は交通上の拠点の1つになっています。どういうことかというと…。
▲首都高速道路芝公園入口。今年から距離制通行料に変わりましたね。
構造上、日比谷通りを芝園橋方面に南下して銀座方面に向かう方面ではないと入れませんが、
結構多くの車、とりわけタクシーが通行していました。
金杉橋~芝園橋を歩いて芝園橋から再び都営バスに乗ります!
続きは次回としましょうか。ではでは。
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